今からちょうど半世紀前の1958年、球聖ボビー・ジョーンズが、セント・アンドリュースの名誉市民の称号を受けた。これは1930年、ジョーンズがグランドスラムを達成し、その第1歩となった全英アマが、セント・アンドリュースで開催されたことが、ひとつの理由となっている。年間グランドスラム。それはジョーンズを除いて、いま誰一人として達成していない、ゴルフにおける最高の金字塔だ。というのも、ジョーンズは生涯アマチュアであることを貫いた人間であり、彼の達成したグランドスラムは、当時もっとも勝つのが難しいとされた2つのプロのイベントと2つのアマチュアのイベント、つまり、全英オープン、全米オープン、全英アマ、全米アマだからだ。当時は4つのこの大会がメジャーとされたが、プロとアマチュアの実力に差がついてしまった現在では、この4試合を同一年に制するのは、ほとんど不可能に近い。まして、ジョーンズが、競技ゴルフから引退した後に作ったオーガスタナショナルと、そこで開催されるマスターズが、メジャーとして認識されるようになっていることを考えれば、ジョーンズのグランドスラムは、ジョーンズだけのものといって過言ではないだろう。
ゴルフにおける近代グランドスラムは、マスターズから始まって、全米オープン、全英オープン、そして全米プロの4試合を1年間に制することを指している。何年もの時間をかけてなら、このメジャー4試合すべてに、ジーン・サラゼン、ベン・ホーガン、ゲーリー・プレーヤー、ジャック・二クラス、タイガー・ウッズの5人が優勝しているが、同一年にグランドスラムを達成した人間は誰もいない。ベン・ホーガンが、1953年に最初の3試合を制したが、全英オープンとの日程が近かったために、当時マッチプレーであった全米プロへの出場を取りやめ、グランドスラムの達成には至らなかった。タイガー・ウッズは、2000年にマスターズを除くメジャーで3連連勝をし、翌01年の年のマスターズで優勝したことから、タイガースラムと呼ばれてはいるが、同一年のグランドスラムは達成していない。
そのグランドスラムに関して、タイガーは、今年の初め自身のホームページで「そう難しいことではない。不可能なことではない」と語ったのだ。昨年末からの好調に加え、ウッズにとって優勝するのがもっとも難しいといわれるのが全米オープンだが、今年はその全米オープンが、春先にウッズがビューイック招待で4連勝をした、相性の良いトーレイパインで開催されることからこうした言葉が出たのだろう。
しかし、ジョーンズがセント・アンドリュースで、グランドスラムの第1歩を歩み歩み始めたように、ウッズも、まずマスターズを制さなければ、グランドスラムを達成できないのだ。過去マスターズに4勝しているウッズが、今年のマスターズでも優勝候補の一人であることは間違いがない。ウッズにしても、今年勝てれば、目標とするジャック・二クラスのマスターズ5勝という記録に並ぶことから、是が非でも勝ちたいという気持ちがあるのは、わからないでもない。しかし、マスターズでの優勝を狙っているのはウッズだけではなく、トッププレーヤー達のほとんどが、マスターズに向けて調整を重ねてきているのだ。
メジャーに準じる大きな試合が増えてきたことにより、ゴルフにおいては逆にメジャーの4試合がこれまで以上に注目されるようになってしまっている。そのため、特に過去8年で、マスターズを計6回制しているウッズ、フィル・ミケルソン、ビジェイ・シンといった3名は、オフシーズンから、メジャー、特にマスターズで優勝するための調整をしているのだ。もちろん、試合の勘を研ぎ澄ますためにマスターズの前にもトーナメントにも出場するし、出れば出るで本気で戦うのだろうが、あくまで彼らの目標はマスターズにある。実際、ミケルソンが同じような意味のことを語っているのだが、通常の試合が、メジャーの準備のための練習のような状況になっているのだ。なにより、ウッズもミケルソンもマスターズ前の出場試合数が、以前に比べると極端に減っているのが証拠とはいえないだろうか?
加えて、ここにちょっと興味深い今年の統計がある。それは、トッププレーヤーをはじめとしたプロ達のティショットの飛距離が落ちていることだ。昨年1年間のドライバーの平均飛距離は、タイガー・ウッズが302.4ヤード、ミケルソンが298.1ヤード、シンが293.2ヤードだったが、それが今年、2月末のWGCマッチプレーまでの時点で、ウッズが平均283.6ヤード、ミケルソンが287.5ヤード、シンは288.5ヤードと3人が3人とも、5~18ヤードも飛距離を落としているのだ。ツアーのトレンドが変わりつつあり、飛距離よりも方向性を重視し、フェアウエイをキープして、パーオン率を高めようとしていることは間違いがないだろう。ただ、この3名がパワーヒッターとして、最近のマスターズを席巻しているだけに、より注目されるのだ。
というのは、昨年のマスターズでは、フェアウエイが硬く、ランが出すぎたために、皆がフェアウエイをキープするのに苦労をしたからだ。そうした中で、優勝を果たしたザック・ジョンソンは、マスターズでのティショットの平均飛距離がわずか265ヤードだったにもかかわらず、フェアウエイキープ率は、なんと80.4%、パーオン率も61.1%でトップだったのだ。ある意味では、昨年のような状況を想定して、ウッズやミケルソンは、飛距離を押さえたプレーをしているようにも思えてくる。もちろん、ティショットで距離を出し、フェアウエイから弾道の高い、スピンのかかるボールを打てればそれに越したことはないが、セカンドカット(ラフ)のあるマスターズでは、飛距離よりもスピンがかかり、グリーンにボールを止めることができるフェアウエイからのショットが、より重視されるようになっているということだ。
確かに、それでもロングヒッターのほうが、セカンドショットを短いクラブで打てる分、有利であることは間違いがないのだろう。しかし、その一方で、彼らが飛距離を落とし、慎重にフェアウエイをキープすることで、他のプレーヤー達にも、チャンスを広げたとはいえないだろうか? もともと非力なプレーヤー達がロングヒッター達と互角に戦ってこられたのは、ショットの正確性やアイアンショットのうまさがあったからだろう。ある意味では、同じような距離からのセカンドショットでは、むしろ、非力なプレーヤーのほうが、ピンに寄せてくる可能性も高い。そうした意味では、片山や谷口といった日本人プレーヤーたちにも、今年はチャンスがあるといえそうだ。あるいは、2月末現在、賞金ランキングで4位という成績を収めているジャスティン・レナード、ワールドゴルフランキング3位のスチーブ・ストリッカー、6位の崔京周、8位のジム・フューイックなども見逃せない存在だ。
加えて、ポストタイガー世代も、着実にその実力をつけてきている。昨年、ヨーロッパツアーの賞金王となったジャスティン・ローズ、ワールドゴルフランキング5位のアダム・スコット、WGCマッチプレーで、ウッズと死闘を繰り広げたアラン・バッデリーなど、世代交代が始まりつつあるといった状況だ。
タイガー・ウッズとボビー・ジョーンズを単純に比較することはできないが、ジョーンズは、1923年から30年の8年間に当時のメジャーで13勝している。奇しくもその13勝というのは、ウッズが11年掛かって勝ち取った現在のメジャーの勝利数と重なっている。今年のマスターズでは、ウッズがジョーンズを越えてメジャー14勝目と飾り、年間グランドスラムへの一歩を踏み出せるかどうかがひとつの焦点ということになるのだろうが、それを阻む可能性のあるプレーヤーは少なくない。

